初代横浜駅、実は現在の桜木町駅

よく知られた話ですが、初代横浜駅は現在の桜木町駅でした。確かに神奈川県庁や横浜市役所(2020年6月、みなとみらい21地区に移転)、横浜税関といった国や県の主要施設はJR根岸線桜木町、関内駅周辺に集中、現在の横浜駅とは距離があります。初代横浜駅も当然、行政や経済の中心だった桜木町に置かれることになりました。

開業時の横浜駅は終点ですから、JR上野駅の地上ホームのような行き止まりの頭端駅でした。東海道線の延伸後も東京方面から到着した列車は、スイッチバックで向きを変え、小田原方面に発車していきました。何とも、のんびりした時代でした。

鉄道輸送の必要性が高まり初代横浜駅をスルー

東海道線から初代横浜駅への分岐駅になったかつての神奈川駅。駅の近くまで海(横浜港)が迫っていたのに驚かされます(画像は岡田主任調査研究員の発表から)

当時、現在の横浜駅の一駅手前(東京寄り)にあったのが神奈川駅。1894年の日清戦争で鉄道輸送の必要性が高まり、初代横浜駅でスイッチバックすることなく、神奈川駅から小田原方面に直行できる、神奈川―程ヶ谷(現在は保土ヶ谷)間のバイパス線が建設されます。これで東海道線ルートが形成されました。現在、JRには「神奈川」の駅名はありませんが、並行する京浜急行電鉄には今も「神奈川駅」が横浜駅の手前(品川寄り)にあります。

バイパス線の計画時、横浜では「横浜停車場問題」が議論を呼びます。横浜の政財界は、「東海道線が初代横浜駅をスルーすると、街がさびれる」と反発したのです。

しかし、反対運動は抑え込まれ、鉄道開通27年目の1898年に東海道線ルートは変更され、1901年には現在の横浜駅付近に「平沼駅」が開設されます(これまた余談ですが、JRに平沼駅はありませんが、並行する相模鉄道には今も「平沼橋駅」があります)。

横浜駅に入線する相鉄線電車。横浜―平沼橋間はJRと相鉄が並走します(筆者撮影)

大正年間に2代目横浜駅が開業

1915年の「2代目横浜駅」開業時の路線図。当時から旅客線と貨物線は別線ルートが確保されていました(画像は岡田主任調査研究員の発表から)

開業時の平沼駅は横浜市中心部から外れて交通不便。ルートを変えた東海道線の列車への乗車には、相当の苦労があったそうです。

大正年間の1915年、横浜駅は東海道線上の高島町に移転。「2代目横浜駅」が誕生します。この時、平沼駅は廃止。初代横浜駅は、旅客は桜木町駅、貨物は東横浜貨物駅に貨客分離されました。やがて東京―横浜―桜木町間に電車運転が始まります。現在の京浜東北線の前身です。

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