※2012年9月撮影

トップ画像は、JR東日本総武本線の終点、銚子駅。2016年(平成28年)に解体された三代目木造駅舎。太平洋戦争の空襲で駅舎は焼失。終戦後に旧帝国海軍香取航空基地の格納庫を転用して建てられた天井の高い駅舎でした。

※2012年9月撮影

青春18きっぷというモノがあることを知って、筆者は鉄道旅に熱中して2009年(平成21年)2010年(平成22年)を過ごしました。

そうは言っても貯金が底をついて、2011年(平成23年)再就職しました。ところが右肩が痛くて動かなくなってしまったのです。様々な検査でも原因が分からず治療もできないまま2012年(平成24年)いっぱいで退職しました。2012年(平成24年)9月、気分転換に銚子に出かけた時の写真です。

腕は、その後数年で自然治癒。ストレスが原因だったのかな・・・。

銚子電鉄に乗るのが旅の主目的でした。懐かしい京王電鉄2000系電車は、実は伊予鉄道に渡っていたものをさらに譲り受けたものです。JR銚子駅ホームの東端に銚子電鉄のホームがあります。

※2012年9月撮影

小学2年から大学2年まで井の頭線久我山駅と京王線千歳烏山駅の間にある寺町と呼ばれる関東大震災で被災した寺院が引っ越して来たエリアに実家がありました。筆者は、世田谷区立の小学校と杉並区立の中学校に通いました。だから井の頭線と京王線の車両はとても懐かしいのです。

銚子電鉄観音駅を東側の踏切から。1925年(大正14年)駅が現在地に移設された時に建てられた木造駅舎ですが、1991年(平成3年)スイス登山鉄道の駅舎風に改装されています。筆者が訪問した時は、2017年(平成29年)犬吠駅に移転した「タイ焼きとたこ焼き」が良いニオイで営業していました。

※2012年9月撮影

観音駅は、駅の北側すぐにある坂東三十三観音霊場第二十七番札所の飯沼観音(真言宗飯沼山円福寺)に因んでいます。

※2012年9月撮影

そのまま北に歩くとすぐに銚子漁港があります。

※2012年9月撮影

船がいない、のではありません。望遠レンズで漁港の出入口を写したのです。広角レンズならこの様に日本有数の漁獲量を誇る漁港らしく大小の漁船がたくさんいます。

※2012年9月撮影

銚子電鉄の終点外川駅。駅が開業した1923年(大正12年)の木造駅舎。

※2012年9月撮影

外川駅の終端部側から。留置線にはデハ801形、修復される前の状態。元は、1950年(昭和25年)に製造された伊予鉄道の車両。こちら側は3枚窓の貫通型。

ホームには、伊予鉄道から譲渡された元京王電鉄の3000系・第二編成ですが、中間車両を貫通型運転台仕様に京王重機整備が改造したものです。顔付きは京王電鉄5000系にとてもよく似ています。しかも塗装が京王電鉄5000系風です。

※2012年9月撮影

外川駅北東側の踏切から。京王電鉄2000系のこのカラーリングは銚子電鉄だけのオリジナル。(笑)

※2012年9月撮影

※使用している写真は筆者がプライベートな旅で撮った古いスナップです。

※コラムなどで既に使用した写真も含まれています。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)