※2012年12月撮影

トップ画像は、JR西日本芸備線・福塩線塩町駅。駅が開業した1930年(昭和5年)の木造駅舎。

開業時は、田幸駅でしたが1934年(昭和9年)塩町駅に改称。初代塩町駅はお隣の神杉駅でした。初代が神杉駅に改称され、二代目塩町駅になりました。

芸備線で備後落合駅から塩町駅に着きました。三次駅まで行かずに塩町駅で16:49の福塩線府中駅行を待ちました。無人駅です。火の気の無い待合室は、極寒。広島県立三次青陵高等学校の生徒さんたちが待合室で「今日は寒い!」と肩を寄せ合っていました。

※2012年12月撮影

剰り寒いので諦めて町を散歩。駅前には駅前食堂(塩町食堂)がありました。他には郵便局と電気店。何年か後に来た時、この食堂は廃業していました。

奥の踏切に行ってみます。

※2012年12月撮影

踏切から塩町駅の島式ホームが見えました。奥が三次駅方面になります。

※2012年12月撮影

待っていた福塩線に乗って福山駅。乗り継ぎ待ちの間に今夜のお酒を仕入れて山陽本線で倉敷駅まで来てこの日の鉄道旅はお仕舞い。ホテルにチェックインしてお風呂で身体を暖めたら、ビール。福山駅の土産屋で買った日本酒。

※2012年12月撮影

アテというか夕食は、新見駅前の食堂伯備でお昼を食べた時に夕食用に購入した店で作っている「備中お祭り寿し」(鯖の丸太寿し)。1550円とちょっと高かったのですが実に美味しい。日本酒に合うのです。

※2012年12月撮影

この日は姫路駅から倉敷駅、山陽本線なら104.5kmですが姫新線、芸備線、福塩線、山陽本線と378.9km乗って遠回りしました。まぁ「乗り鉄」の醍醐味です。

翌日は、倉敷駅から山陽本線で加古川駅で初めての加古川線に乗りました。加古川駅から終点の谷川駅まで直通する電車は、12:40の谷川行だけでした。クモハ125-9の1両単行は通学生で満員でした。でもほとんど西脇市駅でほとんど降りて車内はガラガラになりました。

粟生(あお)駅で加古川行103系電車とすれ違いました。子供の頃中央線で散々乗った電車です。姿は変わっていますが、やはり懐かしい。粟生駅は神戸電鉄粟生線と北条鉄道が接続しています。

※2012年12月撮影

初めて加古川線に乗っていましたが、この駅名にビックリ。1983年(昭和58年)兵庫県西脇市が作った公園に合わせて1987年(昭和62年)に開業した新しい駅です。

※2012年12月撮影

加古川線には速度制限25km/h区間が何カ所かありました。

※2012年12月撮影

14:10谷川(たにかわ)駅に着いた電車は西脇市行になりました。

※2012年12月撮影

谷川駅福知山線ホームから木造駅舎が見えます。

※2012年12月撮影

谷川駅の駅舎は、1938年(昭和13年)に改築された木造駅舎。

※2012年12月撮影

この日は、新大阪まで戻って宿泊。翌、最終日の4日目は東海道本線で岐阜駅まで行って高山本線に乗り換え美濃太田駅、太田線に乗るための行程でした。岐阜駅で駅弁を購入。これが「復刻弁当」630円とリーズナブル。

※2012年12月撮影

美味しかったですよ。

※2012年12月撮影

多治見駅で中央本線に乗り換えて中津川駅で松本行に乗り継いで、いつの間にか眠ってしまいました。気がついたら乗り換える予定の塩尻駅を過ぎて南松本駅でした。慌てて下車。

※2012年12月撮影

ラッキーなコトに塩尻駅で乗り換える予定だった大月行が3分後に反対側ホームに来ました。大月駅で中央特快立川行に乗り継いで21時半頃武蔵小金井駅に帰着。

4日間で1,911.1kmと運行速度の遅い中国山中の路線が多かったので乗車距離は短めでした。

※使用している写真は筆者がプライベートな旅で撮った古いスナップです。

※コラムなどで既に使用した写真も含まれています。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)