※2013年8月撮影

トップ画像は、JR東日本八高線児玉駅。1939年(昭和14年)に改築された木造駅舎でした。

・・・でした。というのは、この素晴らしい木造駅舎は、既に解体されて存在していないのです。2015年(平成27年)に改築されて新しい駅舎になりました。

※2013年8月撮影

筆者が児玉駅に暑い夏の盛りに児玉駅に来たのは、私用で信濃追分に来た帰路に八高線を使って児玉駅で乗り継ぎだったからでした。

ポール・ヴァレリイなどの翻訳や英文学者としても著名な吉田健一さんの随筆『汽車旅の酒』(中公文庫)に収められている「或る田舎町の魅力」が児玉町を描いていたことを思い出しました。オリジナルは1954年(昭和29年)雑誌『旅』8月号に掲載された随筆、その頃の児玉町には映画館とパチンコ屋が3軒ずつあったと書かれています。

残念ながら2013年(平成25年)駅前から続く商店街は、半ばシャッター街でした。

※2013年8月撮影

吉田健一さんは戦後復興期の宰相吉田茂さんの長男で外交官だった父親に連れられヨーロッパで育ちケンブリッジ大学に学びましたが中途で帰国。アテネ・フランセでフランス語、ギリシア語、ラテン語を習得したという御仁。極めて独特な文体で書かれる小説や随筆が筆者は十代から好きで集英社版全集32巻は、大半の全集類を処分した現在も書架に残してあります。

何とも屋根瓦が立派です。これは良質な地元産粘土を使って焼かれ1400年前鎌倉時代初期から国分寺瓦に使われたという「児玉いぶし瓦」で葺かれているのでしょうか。改築された新しい児玉駅舎の屋根も瓦葺きです。

※2013年8月撮影

しかし何と言っても駅名が焼かれて飾られているのがとても珍しかったのです。

※2013年8月撮影

児玉駅相対式ホームを構内跨線橋から見下ろしています。奥は高崎駅方面。

※2013年8月撮影

吉田健一さんが泊まって酒を飲んだ田島旅館が、50年以上経った現在も存在している様なので探して訪ねてみたいと思っていますが、まだ果たせていません。

追補 2022年3月に児玉駅を再訪しました。新しい駅舎です。郵便ポストの位置は変わっていません。

※2022年3月撮影

※使用している写真は筆者がプライベートな旅で撮った古いスナップです。

※コラムなどで既に使用した写真も含まれています。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)