※2005年3月撮影

トップ画像は、JR東日本内房線巌根駅。1941年(昭和16年)日米開戦真珠湾攻撃の前月に帝国海軍第二航空隊(現・航空自衛隊木更津分屯基地)が開設され海軍の要請で設置された駅です。1941年(昭和16年)の木造駅舎が、戦時下海軍基地至近にもかかわらず無事に残って空現在も使われています。巌根駅には、2022年1月にも訪れて【木造駅舎カタログ】にもアップしましたが、駅前広場整備前の写真なのでご覧いただくことにしました。

駅舎は、内房線の西側にあります。

※2005年3月撮影

巌根駅の西南の徒歩5分の場所に古い工場跡を利用した撮影スタジオがあります。メーカーの宣伝部時代ソコに仕事で行った時に撮った写真です。スタジオの隣が、航空自衛隊木更津分屯基地でした。

※2005年3月撮影

同じ2005年(平成17年)の正月、筆者は柴又帝釈天に行きました。京成電鉄柴又駅前は、お正月の初詣客を見込んだ屋台が並んでいます。でもこの景色はもう見ることができません。

2021年(令和3年)駅前広場に新たな商業施設が作られ、柴又駅の瓦屋根にかかる駅名看板も見えなくなるので右側にズラされました。写真で路面の色が濃い部分まで建物が建っています。

※2005年1月撮影

亡くなった父が「寅さん」が大好きでした。寅さん像は、人気があります。

※2005年1月撮影

初詣に行ったので特に写真撮影が目的ではありませんでした。撮影枚数が少なく横位置で撮った寅さん像がないので加工してあります。

※2005年1月撮影

柴又帝釈天(経栄山題経寺/きょうえいざん だいきょうじ)参道は、大混雑でした。映画「男はつらいよ」に登場する団子屋「本家とらや老舗」を探したり、路傍で振る舞われる御神酒をいただいて楽しい初詣でした。

※2005年1月撮影

2005年11月に、五能線の能代駅に行きました。その後、五能線が大好きになったこともあって何度も能代駅に訪れていますが、この時が最初。

※2005年10月撮影

メーカー時代の先輩が会社を辞めてご両親の介護のために地元の能代に帰っていたので、暖房機のPRイベントのついでに寄ったのです。

※2005年10月撮影

能代駅名の由来。

※2005年10月撮影

要点、かつては野代と書かれていましたが、度々地震や洪水に襲われたことから「野に代わる」ではなく「能(よ)く代わる」という字に改められたと書かれています。

※使用している写真は筆者がプライベートな旅で撮った古いスナップです。

※コラムなどで既に使用した写真も含まれています。

※コラム中の値段は撮影当時のものです。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)