※2017年1月撮影

トップ画像は、JR北海道宗谷本線下り列車前面展望の北星駅。右の小屋は、待合室。

北星駅も2021年(令和3年)3月にJR北海道が廃止。

駅名標、隣駅「にっしん」の下には、2006年(平成18年)に廃駅になった智東駅が書かれていました。

※2017年1月撮影

車窓から見える待合室の「毛織☆北紡」の赤いホーロー看板が記憶に残っています。駅周辺の人口(※)は、2世帯3人。50年前、1970年代には10軒以上の民家があった様です。待合室の写真、2015年3月の撮影ですが。

※2015年3月撮影

同じく2021年に廃止された南美深駅。木製デッキだけのシンプルな駅でした。左奥に見えるグリーンの家屋は駅待合室。駅周辺には、6世帯16人(※)が暮らしていますが駅利用者はほとんどいなかった様です。鉄道を利用する学生、高齢者が少なかったのでしょうか。

※2017年1月撮影

2021年3月に廃止された紋穂内(もんぽない)駅。1911年(明治44年)開業という歴史のある駅でした。かつては、木造駅舎と相対式ホーム2面2線と副本線があったのです。

※2017年1月撮影

2017年には単式ホームと貨車改造駅舎。駅周囲には、5世帯14人が住んで居ます。(※)

※2017年1月撮影

豊清水駅は、2021年駅から信号場に格下げとなりました。

※2017年1月撮影

冬期間は保線員が駅舎に常駐しています。

※2015年3月撮影

この駅は強烈で、駅を中心にした半径500m・直径1kmの円内に人家は無く無人地帯。

※2017年1月撮影

範囲を半径1km・直径2kmに拡げてもようやく1世帯4人という凄まじい人口の希薄さです。

その1世帯は、駅の北側1kmにある宿泊施設「Blueberry House音威子府」でしょう。駅の3kmほど東には、1981年(昭和56年)に廃校になった美深町立清水小学校跡があります。50年以上前には、小学校が必要な程の住民や子供たちが暮らしていたのです・・・。

ことほど左様に北海道の人口減少は急速かつ深刻なのです。

※2015年3月撮影

音威子府駅で上り特急列車と列車交換して天塩中川駅です。1953年(昭和28年)建造の木造駅舎。2014年(平成26年)中川町の所有になって地元産のトド松を使ってオリジナル駅舎を復元する様に改修されました。

※2017年1月撮影

天塩中川駅も、1922年(大正11年)開業の古い駅。開業時の駅名は誉平(ぽんぴら)。北海道らしい駅名でした。ほぼ30年後に天塩中川に改称されています。

長くなったので次回に続きます。

※駅周辺人口は、駅を中心にした半径500m、直径1km円内の人口データ(国勢調査 2010年/平成22年)

※使用している写真は筆者が以前にプライベートな鉄道旅で撮ったスナップ写真です。

※過去のコラムで同じ写真を使用している場合があります。

※コラム中の値段は撮影当時のものです。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)