※2017年1月撮影

トップ画像は、JR北海道宗谷本線音威子府駅で上り特急列車との列車交換。細かい雪が降っています。

宗谷本線北上の旅は続きます。

2022年(令和4年)3月に廃止された歌内駅に近づきます。

※2017年1月撮影

車窓のガラスに水滴が付いてしまいました。

※2017年1月撮影

歌内駅は、1923年(大正12年)天塩線の宇戸内(うとない)駅として開業。

宗谷本線、当初は音威子府駅から東の浜頓別駅を経て稚内駅に至る路線(旧天北線)でした。

現在の宗谷本線音威子府駅~稚内駅間は、1926年(大正15年)天塩線として全通した路線でした。この期間に宇戸内(歌内)駅も開業。

1930年(昭和5年)この天塩線が宗谷本線に編入され、旧宗谷本線だった音威子府駅~浜頓別駅~稚内駅は北見線に改称されます。1961年(昭和36年)天北線に再改称されましたが、国鉄再建法で特定地方交通線に選定され国鉄分割民営化後、1989年(平成元年)に廃止となります。148.9kmの長大路線、28もの駅が一夜にして消えたのです・・・。

音威子府駅には「天北線資料室」があって、廃止前の天北線をしのぶことができます。

※2015年3月撮影

話を宇戸内(歌内)駅に戻します。1951年(昭和26年)歌内駅に改称。

※2017年1月撮影

歌内駅は、2021年3月中川町の維持管理で存続しましたが、結局廃止を容認、翌2022年に廃止。

歌内駅の周辺人口は、2世帯4人(※)。やはり寂しいエリアです。

雄信内(おのっぷない)駅で、前日塩狩駅で追い抜いた除雪車両DE15 2511と列車交換しました。この駅にも写真を撮る鉄道ファンの姿があります。寒いのに偉いなぁ・・・。アタマが下がります。

※2017年1月撮影

雄信内の木造駅舎。駅が開業した1925年(大正14年)に建てられました。

※2017年1月撮影

雄信内駅は交換設備があって現在も駅は維持されていますが、2021年3月からは幌延町による維持管理になっています。

・・・というのも、この駅周辺も極端に人が少ないのです。範囲内(※)の住人はたった1世帯2人。範囲を、半径1km、直径2kmの円内に拡大してもわずか2世帯3人しか住んでいません。

インター・ネット、雄信内駅で検索すると駅周辺を記録したものが見つかります。かつては多くの人々が暮らしていた様ですが、今は崩れ落ちた廃屋ばかりが並ぶゴーストタウン。幌延町自身が雄信内駅で「秘境駅フェスタ」を開く始末ですから・・・。

次は、2021年に廃止された安牛駅。この駅も貨車改造の駅舎でした。

※2017年1月撮影

駅の廃止後も貨車改造駅舎は、幌延町が隣接地に移設し「静態保存」されている様です。駅跡の周囲(※)には、3世帯8人が暮らしています。

まだ廃駅が続きます。

※駅周辺人口は、駅を中心にした半径500m、直径1km円内の人口データ(国勢調査 2010年/平成22年)

※使用している写真は筆者が以前にプライベートな鉄道旅で撮ったスナップ写真です。

※過去のコラムで同じ写真を使用している場合があります。

※コラム中の値段は撮影当時のものです。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)